現実の人間は「顔に汗を流して糧を得て」とあるように「食を得ること」は出来るが、それが目的となった。お金を得ることが目的となってしまった。食べて人はどのように生きるのかが分からなくなった。これが霊的死です。人生の目的は神を愛し、人を愛することを見失った。しかし、霊的、肉体のキリスト救い主が記される。
「彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ」 彼はキリストです。エペソ2:1「さて、あなたがたは自分の背きと罪の中に死んでいた者であり、かつては、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者、すなわち不従順の子らの中に今も働いている霊に従って歩んでいました。私たちもみな、不従順の子らの中にあって、かつては自分の肉の欲のままに生き、肉と心の望むことを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、背きの中に死んでいた私たちをキリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです。・・10」さらにキリストは言われた「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです」ヨハネ11:25。このように「いのちの木」を与えていのちなる主なる神がこの地上に、さまよう人々を救うために、天から降って人の姿をとって来たのだ。この方こそ人間の希望です。人にいのちを与えるために来られたのです。地上では苦しみがあるが、「世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか」1ヨハネ5:5 いのちであるキリストをどこまでも信仰していこう。

