聖書はどのような書物でしょうか。天から降って来た書物でも、頭の良い人が書いたのでもありません。聖書がどのような書物なのかは聖書自身に説明していただく以外にないのです。なぜなら、もし人間が説明したなら、人間の知恵が聖書の上に行くからです。確かに約1600年間かけて,約40人の人々によって文体もそれぞれ違った個性で記されましたが、神がその人々の人格を用いて記したのです。聖書が聖書について言っています。「聖書はすべて神の霊感(いぶき)によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です」Ⅱテモテ3章16節。またある人はこの聖書箇所は旧約聖書を指しているので、新約聖書は神の霊感によっていないと言います。私はその方々へ重要な聖句をお知らせします。「人々が受け取った福音は聖霊によるものだった1テサロニケ1章5節。「私たちの福音は。ことばだけでなく、力と聖霊と強い確信を伴って、あなたがたの間に届いたからです。あなたがたのところで、私たちがあなたがたのためにどのように行動していたかは、あなたがたが知っているからです。」それは神の言葉であったとパウロは語っています。1テサロニケ2章13節「こういうわけで、私たちもまた、絶えず神に感謝しています。あなたがたが、私たちから聞いた神のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、事実そのとおり神のことばとして受け入れてくれたからです。この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いています。」この様に新約聖書では新約聖書を書いた、語った使徒パウロの言葉を「神のことばとして受け入れてくれたからです」と言って神の言葉としています。他に「ヨハネが彼自身の文書を神の言葉と同一視していることは1ヨハネ4章6節「私たちは神から出たものです。神を知っている者は私たちの言う事を聞き、神から出ていない者は私たちの言うことを聞きません。それによって私たちは、真理の霊と偽りの霊を見分けます。」と述べていることから理解される。Ⅱペテロ3章16節。ヨハネが神から書き記すように命じられたことを示す証言が見られる。ヨハネの黙示録22章18-19節。「新約の記者たちは、聖書は旧約の時代から新約の時代にわたって続いて書き記されてきているとの自覚を持っていたことがわかる。」宇田進。「新実用聖書注解」啓示と聖書。いのちのことば社。2008年。p12.