佐賀は7月6日まで豪雨、ところが7月7日は晴天で梅雨明けとなりました。佐賀市鍋島の田んぼでは農家の方々が雨天にもかかわらず懸命に田植えを行っていました。私はその働きを見て頭が下がります。さて、7月12日の礼拝は上記箇所です。「『ああ、渇いている者はみな、水を求めて出て来るが良い。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買え、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を。なぜ、あなたがたは、食料にもならないもののために金を払い、腹を満たさないもののために労するのか、わたしによく聞き従い、良いものを食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づく」。耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたと永遠の契約を結ぶ。それは、ダビデへの確かで真実な約束である。見よ。わたしは彼を諸国の民への証人とし、諸国の民の君主とし、司令官とした。見よ。あなたが、あなたの知らない国民を呼び寄せると、あなたを知らない国民が、あなたのところに走ってくる。これは、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者のゆえである。主があなたを輝かせたからだ。』主を求めよ、お会いできる間に。呼び求めよ、近くにおられるうちに。悪しき者は自分の道を、不法者は自分のはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。」 55章1~7節。
イザヤ書を書いたイザヤは何を全人類向けに書いたのでしょうか。「イザヤはBC740年ごろ預言者として立ち、南王国ユダにおいて50年近くも活動しました。預言は、腐敗した神の民の罪を責めることに始まり、続いて諸国民に対する神のさばきの宣告があります。バビロン捕囚からの解放と祖国に帰還した民の礼拝を予見して語る40章以下は、単にユダヤ人の歴史にだけ関わることではなく、イエス・キリストによる全人類の救い、さらに終末における救いの完成にまで及ぶ重要なメッセージです。53章に描かれた『苦難のしもべ』は、人類の罪を負うため十字架の苦難を耐え忍んだキリストの姿にみごとに重なります。」「しかし、彼(キリスト)は私たちの背きのために刺され、私たちの咎(とが)のために砕かれたのだ。彼(キリスト)への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒された。」イザヤ53章5節。 7月12日はその55章1節~7節を、聖書とイザヤ書全体から考え、今日を生きる人への神のメッセージを聞きます。ぜひ、ご出席下さい。主なる神はあなたが礼拝に来られるを願っておられます。

